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新宿山ノ手七福神めぐり

七福神詣りは、元旦から七日までの間に、七福神を安置してある寺社を巡拝して開運を祈る行事です。新宿にある七福神をぜひめぐってみませんか?

七福神詣りは、元旦から七日までの間に、七福神を安置してある寺社を巡拝して開運を祈る行事です。七福神とは、室町中期頃に、はじめは竹林の七賢にならい、また『仁王般若経・下巻』の「七難即滅、七福即生」(七難がただちに滅び、福がもたらされること。下に「七福即生」と続けて用いられる)に基づいたものといわれています。七福神は毘沙門天(威光)、大黒天(裕福)、弁財天(愛敬)、寿老人(長寿)、福禄寿(人望)、恵比須神(清廉)、布袋(大量)とされています。新宿にある七福神をぜひめぐってみませんか?

 

善国寺(毘沙門天)

【新宿山ノ手七福神(毘沙門天)】 
毘沙門天はインド出身の神様。自分を信仰すれば、十種の利益があるといわれています。
毘沙門とは多聞と訳し多くの人々の願いを聞いて叶えさせるといいます。

 

【新宿山ノ手七福神の内 毘沙門天】
初代住職日惺上人は小田原より江戸へ居を移した徳川家康公のために、特仏の毘沙門天像を前に天下安全の祈願を行いました。
これを伝え聞いた家康公は、鎮護国家の意をこめて自ら鎮護山と命名。毘沙門天善国寺の起源となりました。
今から四百年前にあたる文禄四年、日本橋馬喰町に創建され、その後麹町を経てほぼ二百年前に現在の場所に移転されました。
昭和二十年に戦火で失われましたが、昭和二十六年には毘沙門堂を再建、四十六年には本堂・毘沙門堂が完成しました。

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経王寺(大黒天)

【新宿山ノ手七福神(大黒天)】
大黒天はインド出身の神様。貧しき人、難民の救済をかって出た心の優しい神様です。全身の色が黒く大きい福徳を授けるので、大黒天と呼ばれています。

 

【新宿山ノ手七福神の内 開運大黒尊天】
慶長三年に甲斐国(山梨県)身延山久遠寺から安置されました。
経王寺の大黒像は、高さ十二センチの木造の立像で、

大黒頭巾をかぶり小槌と大袋を持ち、台座に乗る通規の様式ですが、江戸時代のものと異なり、微笑面ではなく厳しい表情をしています。
開創以来の度重なる火災から消失を免れたため、「火伏せの大黒天」ともあがめられ、また大願成就のご利益があると庶民の間で親しまれています。

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法善寺(寿老人)

【新宿山ノ手七福神(壽老人)】
寿老人は中国出身の神様。福禄寿と似た者同士で寿老人は老人星の化身です。
不老不死の霊薬を所持していることからこちらも長寿の神として親しまれています。

 

【新宿山ノ手七福神の内 壽老人】
その昔、駿河国(現在の静岡県中部)の三沢という者が七面社に深く帰依しており、万時年間に江戸に初めて七面堂を勧請しました。
七面堂が無事完成して喜んだ職人が、この寺に伝教大師作の大黒天があることを知ったため、寿老人もまつろうと方々を探していました。
そんなある夜、職人は不思議な夢を見ました。その霊夢を頼りに小石川の民家で寿老人の像を手に入れてこの寺に寄進しました。職人が深く信仰すると家運が益々繁栄しました。

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厳嶋神社(弁財天)

【新宿山ノ手七福神(辨財天)】
辨財天は神道では古事記に出てくる神様。水の神様で、七福神唯一の女性です。
田畑の農作物にとって最も重要な水を供給するので、五穀豊穣の守り神といわれています。

 

【新宿山ノ手七福神の内 辨財天】
応德三年、源義家公が奥州征伐の帰途に創建したと伝えられており、境内の霊井は干ばつの年でも枯れることがなく、
この水には病苦除けや火防のご利益があったとされています。
現在第二次大戦で戦災を受け、わずかに水鉢を残すのみとなっていますが、境内が南北に通り抜けでき義家が苦難を切り抜けた弁天社であることから、
抜弁天として庶民から信仰されています。
※御朱印(厳島神社での御朱印の受付は正月七日迄)、財天尊像は近くの西向天神社での授与となります。

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永福寺(福禄寿)

【新宿山ノ手七福神(福禄寿)】
福禄寿は中国出身の神様。南極星の化身で、短身・長頭の姿をしています。
年令も数千年を越すほど保持しているといわれていることから、長寿の神として親しまれています。

 

【新宿山ノ手七福神の内 福禄寿尊】
嘉永年間、豊玉村に居住し植木師をしていた鈴木源蔵が、信州善光寺に参詣した帰り道、犀川の岸辺で福禄寿に似た奇石を拾いました。
源蔵は深く喜びこの石を家宝とし、日々礼拝供養を怠らずにいると、日ごとに家は栄え、現在の地に居を移しました。
昭和九年に主の倉吉は「山之手七福神」を作るにあたり、秘宝を公開することにして、豊香園より永福寺に福禄寿を移転し安置しました。

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太宗寺(布袋尊)

【新宿山ノ手七福神(布袋和尚)】
布袋和尚は中国出身の禅僧。実在した人物です。常に布の袋を背負い、この中に福財が、入っていたといわれています。
笑顔を浮かべた円満な容姿をしており親しまれています。

 

【新宿山ノ手七福神の内 布袋和尚】
太宗寺は、慶長年間初頭に僧太宗の開いた草庵を前身とし、のちの信州高遠藩主内藤家の菩提寺として発展した寺院です。
内藤新宿を代表する寺であり、大いに江戸庶民の信仰を集めました。
布袋尊は中国の禅僧がモデルで豊かな暮らしと円満な家庭の守護像です。

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稲荷鬼王神社(恵比寿神)

【新宿山ノ手七福神(恵比寿神)】
恵比寿神は日本古来の神様。古来より福を表す「鯛」と、福を釣るという「釣り竿」を手に持っており、

海の守護と商売繁昌の神様として、親しまれています。

 

【山ノ手七福神の内 恵比寿神】
文化年間に松平出雲守邸内より出現した神像でしたが、後に芝愛宕下金剛院円福寺の末寺であり代々松平家の祈願所であった二尊院に奉納されました。
天保二年に稲荷鬼王神社神主十一世光政が二尊院別当職を兼ねましたが、嘉永六年十月火災のため、
この開運恵比寿神を神主大久保の家に還し、維新の際神仏分離により大久保家守護神とした後、十四世大久保義道が稲荷鬼王神社に奉斎しました。
社殿は昭和二十年に戦火で失われましたが、昭和五十年十月に再建し、家運隆昌、商売繁昌の守護神として多くの人々の崇敬を集めています。

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※各寺社の詳細は上記よりリンクをご覧ください。

※朱印代、台紙、七福神尊像は有料です。
※「新宿山ノ手七福神めぐり」は各寺社で行っているものです。台紙の入手方法等、詳細は各寺社までお問合せください。

※「新宿山ノ手七福神めぐり」公式ホームページはコチラ

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