新宿の魅力

新宿山ノ手七福神めぐり

福をもたらす神様として、室町時代からの信仰されてきた「七福神」。「七福神めぐり」は、七福神を祀っている寺社を巡拝して開運を祈る行事です。七福神めぐりをすると、七つの福運を受けられると言われています。

新宿では、「新宿山ノ手七福神」と称された七福神めぐりが楽しめます。専用の台紙ごとにご朱印をもらい、宝船と各寺社にあるミニ尊像を集めて飾るのもおすすめです。年間を通して七福神めぐりをする人たちが増えています。一日で無理なら2日で街歩きを楽しみながら完歩してみましょう。幸運がついてくるかもしれません。

新宿plusVOL11に特集されています。詳しくはこちらから⇒新宿plusVOL11「新宿山ノ手七福神めぐり」

善国寺(毘沙門天)

【新宿山ノ手七福神(毘沙門天)】 
善國寺は毘沙門天(区指定文化財)は四天王として知られる商売、勝運、厄除の神を祀っています。

毘沙門天はインド出身の神様。信仰すれば、福徳・知恵・美貌・力・能弁など、十種の利益があるといわれています。
毘沙門とは多聞と訳し多くの人々の願いを聞いて叶えさせるといいます。

 

【毘沙門天 善國寺】

徳川家康より鎮護国家の命をうけ、文禄4年(1595)に日本橋馬喰町馬場北(現・中央区)に創建しました。寛文10年(1670)、寛政4年(1792)と度重なる火災ののち神楽坂に移転しました。

有名な『毘沙門天像』(区指定文化財)は、多聞天の別称で四天王のひとつ。仏法や北方を守護する軍神であり、のちに七福神のひとつとして庶民の信仰を集めるようになりました。

江戸時代末より「神楽坂の毘沙門様」として賑わいました。明治時代から大正時代にかけ、「山の手銀座」と呼ばれた神楽坂の繁栄は毘沙門天の門前町として発展したものです。東京で縁日に夜店が出るようになったのは、ここが発祥といいます。

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経王寺(大黒天)

【新宿山ノ手七福神(大黒天)】
経王寺は大願成就で有名な大黒天(区指定文化財)を祀っています。

大黒天はインド出身の神様。貧しき人、難民の救済をかって出た心の優しい神様です。全身の色が黒く大きい福徳を授けるので、大黒天と呼ばれています。

 

【経王寺(大黒天)】

慶長三年(1598)に現在の新宿区市谷田町に、尊重院日静上人(そんじゅういんにちじょうしょうにん)によって創健されました。

年6回の甲子(きのえね)の日には『開運火伏大黒天』としてご開帳されます。

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法善寺(寿老人)

【新宿山ノ手七福神(寿老人)】
法善寺は不老不死の霊薬を持つという長寿の神、寿老人を祀っています。

寿老人は中国出身の神様。福禄寿と似た者同士で寿老人は老人星の化身です。
不老不死の霊薬を所持していることからこちらも長寿の神として親しまれています。

 

【法善寺(寿老人)】

日蓮宗の寺院で、正式名を「春時山法善寺」といいます。新宿山ノ手七福神のひとつ『寿老人』を祀るほか、本堂には保存状態も良好な極彩色の『七面明神像』(区指定有形文化財)が安置されています。

七面明神とは、山梨県身延山の北にそびえる七面山に住む女神のこと。これは、日蓮宗総本山身延山久遠寺の鎮守です。法善寺の『七面明神像』は、唐風の衣裳に宝冠をかぶり、左手に火炎如意宝珠、右手に鍵を持ちます。鍵は正法を開いて人々を救うことを意味し、宝珠は仏に献上して成仏を約束された品といわれています。中正院日護上人の作と伝えられ、万治年間(1658~61)に駿河国から移され、江戸で最初に祀られた七面明神とされています。

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厳嶋神社(弁財天)

【新宿山ノ手七福神(弁財天)】
厳嶋神社では七福神唯一の女神で金運、縁結び、芸事上達の神、弁財天を祀っています。

神道では古事記に出てくるイチキシマヒヌという神様。水の神様で、畑の農作物にとって最も重要な水を供給するので、五穀豊穣の守り神ともいわれています。

 

【厳嶋神社(弁財天)】
抜弁天は今はもう地名のようになってしまいましたが、その昔、源義家が戦勝祈願した厳嶋神社のことです。この近くを旧鎌倉街道が通っていたために源義家の伝説があるのだといわれています。

境内が南北に通り抜けでき、また苦難を切り抜けられる弁天社、いわゆる抜弁天として庶民から信仰され、江戸六弁天、新宿山ノ手七福神の一つに数えられました。神社付近一帯には、江戸時代に大久保の犬御用屋敷が置かれました。

五代将軍徳川綱吉は天和2年(1682)に世継の徳松を亡くした悲しみから、貞享2年(1685)以降、数回にわたり生類憐みの令を出しました。元禄8年(1695)には中野に一六万坪、大久保に二万五千坪の犬御用屋敷を設けて野犬を収容しました。同年十月には四万二千匹に達したといわれています。


※御朱印(厳島神社での御朱印の受付は正月七日迄)、財天尊像は近くの西向天神社での授与となります。

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永福寺(福禄寿)

【新宿山ノ手七福神(福禄寿)】
永福寺は金運、繁栄、出世の神様、福禄寿を祀っています。

福禄寿は中国出身の神様。南極星の化身で、短身・長頭の姿をしています。
年齢も数千年を越すほど保持しているといわれていることから、長寿の神として親しまれています。

 

【永福寺(福禄寿)】
嘉永年間、植木師をしていた鈴木源蔵が、信州善光寺に参詣した帰り道、犀川の岸辺で福禄寿に似た奇石を拾いました。
源蔵は深く喜びこの石を家宝とし、日々礼拝供養を怠らずにいると、日ごとに家は栄え、現在の地に居を移しました。
昭和9年に「山之手七福神」を作るにあたり、秘宝を公開することにして、豊香園より永福寺に福禄寿を移転し安置しました。

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太宗寺(布袋尊)

【新宿山ノ手七福神(布袋尊)】
布袋和尚は中国出身の禅僧。実在した人物です。常に布の袋を背負い、この中に福財が、入っていたといわれています。
笑顔を浮かべた円満な容姿をしており親しまれています。

 

【太宗寺(布袋尊)】
太宗寺は、慶長年間初頭に僧太宗の開いた草庵を前身とし、のちの信州高遠藩主内藤家の菩提寺として発展した寺院です。
内藤新宿を代表する寺であり、大いに江戸庶民の信仰を集めました。
布袋尊は中国の禅僧がモデルで豊かな暮らしと円満な家庭の守護像です。

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稲荷鬼王神社(恵比寿神)

【新宿山ノ手七福神(恵比寿神)】
稲荷鬼王神社は漁業の守護と商売繫盛の神様、恵比寿神を祀っています。

恵比寿神は日本古来の神様。古来より福を表す「鯛」と、福を釣るという「釣り竿」を手に持っており、

海の守護と商売繁昌の神様として、親しまれています。

 

【稲荷鬼王神社(恵比寿神)】

もとは承応2年(1653)に福瑳稲荷を勧請したもので、天保3年(1832)に当地の百姓田中清右衛門が熊野から勧請した鬼王権現と合祀した神社です。 江戸時代から豆腐を備えれば、湿疹・腫れ物に特効があるとされました。

邪鬼の頭上に手水鉢をのせた珍しい水鉢(区指定文化財)は、文政年間(1818~30)、毎夜水を浴びる音がするので持主が刀で切りつけたところ、その後家人に災難が相次いだため、天保4年(1833)鬼王神社に奉納されました。

また、昭和5年に造られた富士塚が残っていますが、昭和43年の社殿再建の際、二分してしまいました。

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※各寺社の詳細は上記よりリンクをご覧ください。

※朱印代、台紙、七福神尊像は有料です。
※「新宿山ノ手七福神めぐり」は各寺社で行っているものです。台紙の入手方法等、詳細は各寺社までお問合せください。

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